正月飾りの時期いつからいつまで関東と関西で外す日が松の内で違う理由

年末年始によく見かける正月飾り。
正月飾りをする時期っていつからいつまで?
関東と関西では時期が違うって聞いたけどどうして?その理由は?
松の内?松の内って何???
特に信心深いわけじゃないけれど、お正月くらいはちゃんとしてみたいあなたに。
正月飾りの時期を歴史でなぞりながら、わかりやすくお伝えしまーす。

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正月飾りの時期はいつから?

よく見かける正月飾りといえば、玄関には門松、しめ飾り。室内には鏡餅、羽子板、破魔矢といったところでしょうか。車のお飾りもありますね。
それぞれに飾る意味があるんですよ。

正月飾りは気持ちよく新年を迎えるための大切な風習。
飾る時期と併せて、なぜ正月飾りをするのかご説明しますね。
 

○正月飾りの意味

この正月飾り、実は、神様が自分の家を訪ねてくれるための目印として飾るものなのです。

お正月とは、古来から年の始めに、一年間我が家を守ってくれる歳神様を家にお迎えし、祀るための大切な行事でした。
この歳神様というのは神道の神様を指しています。

古来から農耕を行ってきた日本人は、一年の始まりにその年の豊作を願い、歳神様を「穀物神」として祀ってきました。
歳神様は一般的には豊作をもたらす穀物神と言われてますが、家を災いから守ってくれる先祖の霊と考える人たちもいます。

そしてその歳神様は、初日の出と共に山から下りて来て、各々の家にやってくるという言い伝えがありました。

日本人は昔から初日の出をありがたきものとしてきましたが、中でも、歳神様は高い山からやってくるというお話から、山頂で見る初日の出を「ご来光」と呼び、とりわけありがたがってきました。

 
 
自分の家を歳神様が訪問してくださる時に目印になる正月飾り。

・門松は歳神様が迷わないように家の前に置くもの。

・鏡餅は家に入って来た歳神さまが拠り所にする場所。
 再び山に戻られるまで、鏡餅を歳神さまは拠り所にします。

鏡餅は松の内が過ぎたら下げて食べますよね。
歳神様の拠り所(依り代)である鏡餅には歳神様のパワーが宿っているとされるため、鏡餅を食べることでその力を授けてもらい、1年の家族の無病息災を願うためです。
つまり、鏡餅は供えて、開いて、食べてこそ意味があるというわけです。

 
 
○正月飾りはいつから飾る?

この頃は百貨店やホテルなどの大規模施設では、クリスマスが終わるとすぐに門松を飾っています。
一般家庭でも、玄関をクリスマスリースから即、お正月の飾り付けに移行するおうちを見かけるようになりました

おうちの場合は12月の最終週になった頃が目安です。
遅くとも門松、しめ縄、鏡餅などは28日までには飾ること。

29日は9が「苦」を連想させるので避けたほうがよく、
31日は「一夜飾り」といって歳神様に失礼にあたると言われています。

ではいつが一番良いかというと。。。

古来から、8は八、末広がりで縁起がいいとされています。
なので、お正月飾りを飾り始めるのは12月28日がベストです。

正月飾りの時期はいつまで?

 

新しく年が開ける前に飾った正月飾り。
いったいいつ外すのがよいとされているのでしょう。

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門松やしめ縄、しめ飾りは、「松の内」が終わる頃に外すのがよいとされます。

「松の内」とは、 正月の松飾り(門松)のある間。
門松を飾っておく期間のことをいいます。

もとは元日から1月15日までの期間を指すものでしたが、近年は七草がゆを食べる1月7日くらいまでを指すことが多いですね。

しかしながら、「松の内」は地方によって指す期間が異なるので、正月飾りを外す時期も住んでいる地域によって異なってきます。

一般的には正月飾りを外すのは「松の内」(1月7日)が終わる頃ですが、小正月(1月15日)や二十日正月(1月20日)まで、という地域もあります。

「小正月(こしょうがつ)」というのは、もともと元日を大正月というのに対して呼んだ名です。
松の内に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で「女正月」とも呼ばれています。

「二十日正月(1月20日)」は、1月20日を正月が終わる節目の日とするもので、京阪地方や岐阜、石川、群馬の一部に残っている風習です。

正月飾りを外す時期が関東と関西で違う歴史的理由

ザックリ言うと、

・関東地方は1月7日。関西地方は1月15日。※(鏡餅は除く)

※鏡餅については基本、松の内(1月7日)に下げて、11日の鏡割りまで保管しておくことが多いようです。小正月の15日まで飾る地域もあります。

 
なぜ関東と関西で分かれたかというと諸説あるのですが、鏡開きが由縁という説があります。

 
鏡開きの「開き」とは、「割る」の忌み言葉です。
武家社会の風習である鏡開きの行事で、鏡餅に刃物を使うということは切腹を連想させるので禁物だったんですね。

そこで「切る」ことを避け、手や木槌で叩いて割ることになったんですが、「割る」という表現もまた縁起が悪い。
で、末広がりを意味する「開く」という縁起の良い言葉を使って、「鏡開き」が使われるようになったわけです。

 
その昔、鏡開きは武士の刀にちなんで、「刃柄(はつか)」=「二十日」ということで、1月20日に鏡開きをしていました。

ところが時の徳川三代将軍・徳川家光が慶安4年4月20日にお亡くなりになります。
当時の徳川幕府は、月命日の20日が鏡開きと重なることを避け、鏡開きを11日に、松の内も7日に変更しました。

この時、この変更がうまく伝わらなかったために、関西では15日までが松の内で同じ日に鏡開きもすることになったと言われています。

江戸の将軍の力が強かった関東に対し、天皇の力が残ってた関西の違いという考え方はおもしろいですが、その他にも寛永の大火が原因とする説も。

これは寛永の大火を経験した幕府が、
「1月の乾燥した時期に燃えやすい正月飾りを長く置くと火災の原因になる」
として正月飾りの期間短縮を命じたことによるというもの。

正月飾りは、日本人の歴史的な文化・風習が今に息づいているもののひとつなんですね。

まとめ

お正月飾りは28日か30日に飾って松の内の期間は飾っておきましょう。
松の内が過ぎたらお住いの風習にあわせて外すのがオススメです。
もし、お住まいの地域の風習がよく解らない場合は、長く住んでいるご近所さんに直接聞いてみるのが一番の解決法ですよ。

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