地蔵盆とはどんな行事?
いつ、どこで行われている?
具体的に何をするの?
意味や由来、いわれは?
その疑問、解消します!
地蔵盆の特徴、
お地蔵様との関係、
東京で定着しなかった理由、
地蔵盆の由来となった2つの物語も含めて、
わかりやすくお伝えします。
地蔵盆とはどんな行事?
まだまだ残暑が厳しい時期、
東京では見かけない風習に
『地蔵盆(じぞうぼん)』という行事があります。
『地蔵盆』は京都をはじめ、
関西近畿地方で古くから地域の行事として行われてきました。
『地蔵盆』は地域を見守ってくれているお地蔵様を祀って、
日ごろの感謝を伝える行事です。
お寺や神社のお祭りとは違って、
道端や街角に祀られているお地蔵様のお祭りです。
地蔵盆が近くなってくると、
町に据えられているお地蔵様を
祠(ほこら)から出してきれいに洗って、
新しい前掛けをかけて、
据えられている場所を掃除して、
灯籠や供物をお供えしたり、
付近の家なども提灯で灯りをともします。
町内のお宅に分かれて据えられているお地蔵様を
『地蔵盆』の時だけは移して、
一緒に『地蔵盆』を行うところもあります。
地域によってやり方はさまざまですが、
町内会や子ども会などで、
町を挙げてお祀りをします。
発祥と言われている京都では
祠(ほこら)に祀られたお地蔵さんに提灯が飾られ、
お花やお餅などをお供えして
お坊さんが読経する法要が行われます。
地域によってはお坊さんがお経を唱える間、
巨大なお数珠を輪になって回す「数珠まわし」という風習もあります。
子どもたちが2~3mの大きな数珠を囲って輪になって座り、
お坊さんの読経に合わせて回す儀式です。
「数珠繰り(じゅずくり)」と呼んでいるところもあります。
お地蔵様のことを「地蔵菩薩(じぞうぼさつ)」と言います。
地蔵菩薩が子どもの守り神として信仰されていることから、
『地蔵盆』は子どものためのお祭りでもあり、
子どもの健やかな成長を願って
お地蔵様を供養する行事でもあります。
地蔵盆の楽しみは地元の福引やゲーム。
射的や金魚すくい、
かき氷や焼きもろこしなどを販売する縁日が開催され
子どもたちはお供えのお菓子をいただいて、
サイコロころがしやルーレット、
ビンゴゲームなどのゲームや、
福引などをして楽しみます。
『地蔵盆』に盆踊りを行うところもあります。
◇ 盆踊りについて詳しくはこちら。
・お盆に盆踊りをなぜ踊る?盆踊りの意味と由来 踊り方を覚えるコツ
地蔵盆はいつどこで行われているの?
『地蔵盆』はお盆の時期に行われることから、
その名前がついたといわれています。
もともと地蔵菩薩(子ども達の守り神)の『縁日(えんにち)』は、
毎月24日にあります。
縁日とは「特定の神仏と縁を結ぶ日」と言う意味があり、
この日にはお祭りや供養といった行事が行われます。
『地蔵盆』は「地蔵講(じぞうこう)」という、
地蔵信仰のグループが行う活動が、
旧暦で7月24日を特に「大縁日」として重視していたことから、
8月24日の地蔵菩薩の縁日を中心に行われています。
現在ではお盆というと
月遅れの新暦8月15日を指すのが一般的なように、
『地蔵盆』も月遅れの新暦8月24日前後のところが多いです。
旧暦をそのまま新暦に置き換えて、
7月24日を中心に行っている地域もあります。
地元の催し物なので、
お祭りの準備の都合上、
この日の前後の土曜日から日曜日にかけて行われるところが多くあります。
期間としては8月24日の前後2~3日間ですが、
最近では少子化の影響で、
開催日を少なくしているところもあります。
8月24日の『地蔵盆』のお祭りが終わると、
もう夏休みも終わり。
新学期に向けて準備を始める時期になります。
地蔵盆はどこで行われているの?
『地蔵盆』はお地蔵様の多い京都が発祥と言われ、
室町時代には大流行したといいます。
『地蔵盆』は京都・大阪・神戸など、
関西地域を中心に行われています。
また、
北陸地方や新潟、
信州では長野市周辺でも行われています。
『地蔵盆』が東京に定着しなかったのは、
お地蔵様が作られたのが江戸時代だったことや、
お稲荷さん信仰が盛んだったからと言われています。
地蔵盆の意味や由来は?
『地蔵盆』の由来は諸説ありますが、
代表的なものを2つご紹介しますね。
- 「賽の河原」説
- 「小野篁」説
地蔵盆の由来:「賽の河原」説
地蔵菩薩の物語が背景にある説です。
親よりも先に亡くなった子供たちは、
三途の川の手前にある「賽の河原」で
石を積み上げると言われています。
子どもが一生懸命に石を積んでいても、
鬼がやってきては鉄の杖やムチで壊してしまうので、
また一から石を積むのです。
石を積んでは崩され、
石を積んでは崩され、
見かねた地蔵菩薩が子どもを見守り、
鬼から守ったとされており、
そうした中で、
『地蔵盆』として広まって行った風習だと考えられています。
「地蔵菩薩は賽の河原で地獄の鬼から子どもを救う」
と言われていることから、
『地蔵盆』は子供の成長を願う行事になったようです。
お地蔵様の前掛けが赤いのは、
冥土(あの世)への道の途中、
子どもが迷ってしまわないために、
その目印として
お地蔵様は赤い前掛けをしているという説もあります。
地蔵盆の由来:「小野篁」説
小野篁(おののたかむら)は平安時代前期の人物で、
役人・学者・歌人の顔を持つ多才な人でした。
小野篁は日中は公卿として朝廷に仕える一方で、
夜は地獄で閻魔大王の補佐をしていました。
あるとき小野篁が地獄へ行ってみると、
地獄で苦しんでいる死者に代わって、
閻魔大王みずからが自身を地獄の炎で焼き、
身代わりとなって苦しんでいるのを目撃します。
閻魔大王の慈悲深い心に打たれた小野篁は、
満慶(まんけい)という僧侶と共に
閻魔大王を救済するための供養を行なった、
とされており、
これが『地蔵盆』の由来という説です。
なぜ閻魔大王と『地蔵盆』がつながるのかというと、
実は、
閻魔大王が地蔵菩薩の化身とされていたからです。
閻魔大王は、死者の生前の行いを裁き、
地獄に落とす恐ろしい王として知られています。
死者が導かれる世界は「天国」か「地獄」。
それを決めるのが閻魔大王です。
ですが、
現世では地蔵菩薩として人々を見守ってくれているのです。
ちなみに、
小野篁は井戸を通って地獄に通ったと言われており、
その井戸は
京都東山の六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)にある現存する井戸です。
地蔵盆とはどんな行事?意味や由来 いつどこで行われているか教えて! まとめ
『地蔵盆』は地域を見守ってくれているお地蔵様を祀って、
日ごろの感謝を伝える行事です。
お地蔵様のことを「地蔵菩薩(じぞうぼさつ)」と言います。
地蔵菩薩が子どもの守り神として信仰されていることから、
『地蔵盆』は子どものためのお祭りでもあり、
子どもの健やかな成長を願って
お地蔵様を供養する行事でもあります。
地域によってやり方はさまざまですが、
法要が行われ、
縁日や屋台が出て、
地元の福引やゲームなどが行われます。
『地蔵盆』は8月24日の地蔵菩薩の縁日を中心に行われています。
『地蔵盆』は京都が発祥で、
主に近畿地方の行事として古くから行われてきました。
地蔵盆の由来には諸説ありますが、
「賽の河原」説と「小野篁」説は
いずれも地蔵菩薩が深く関わっています。
一般的にお盆といわれる8月13日~16日は、
あの世から故人を迎え、
そして送る大人のためのお盆です。
一方、
地域社会と密接につながった『地蔵盆』は、
子どもが中心のお盆ですね。