端午の節句こどもの日に兜を飾るのはなぜ?飾り物になった意味と由来

端午の節句こどもの日に兜を飾るのはなぜ?飾り物になった意味と由来

こどもの日に兜を飾るのはなぜ?

端午の節句の兜飾りの由来は?

どんな意味があるの?

兜だけの飾り物の理由は?

その疑問、解消します!

兜を飾るようになった歴史的な背景、

兜を飾ることにこめられた親の願い、

兜が象徴するものも含めて、わかりやすくお伝えします。

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こどもの日に兜を飾る由来は?

5月5日はこどもの日

こどもの日は男の子のお祝い『端午の節句』の日でもあります。

5月5日は、こどもの日として国民の祝日となっていますが、この日はもともと五節句の端午の節句にあたります。

端午の『端』は「はじめ」という意味で、「端午(たんご)」は5月最初の午(うま)の日のことでした。

それが、午(ご)という文字の音が五に通じることなどから、奈良時代以降、5月5日が端午の節句として定着していきました。

端午の節句は男の子の健やかな成長を願ってお祝いをする日です。

端午の節句(こどもの日)の飾り物の定番といえば、

鯉のぼり」・「兜」・「」・「五月人形

鯉のぼりや鎧・兜、五月人形を飾るのは、それぞれに意味のある事です。

◇ 鯉のぼりの由来や意味についてはこちら。
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端午の節句の飾り物の中でも、場所を取らずにコンパクトに飾れる『』は大人気。

最近はアニメやゲームなどで戦国武将がブームになっていることもあり、兜は複数買ったり、気に入ったものが出るたびに買い直すというおうちもあるほどです。

どうして、男の子のお祝いに兜や鎧を飾るようになったのでしょう。

こどもの日に兜を飾る由来は?

端午の節句(こどもの日)に兜や鎧を飾ることは、日本の武家社会から生まれた風習です。

戦国時代、武士が身の安全を願って神社にお参りするときに、鎧や兜を奉納するしきたりが由来といわれています。

兜や鎧というと、甲冑のイメージから戦争の道具というイメージがあるかもですが、武将や武士にとっては自分の身を守る大切な道具です。

そして、兜と鎧は、武士にとってのシンボルとして、精神的な意味がある大切な宝物でもありました。

兜を飾るようになった歴史的なルーツは?

端午の節句は一年に5回ある節句のうちのひとつです。

節句というのは、季節の変わり目のことを言います。

季節の変わり目は、昔から邪気が入り込みやすいと言われてきた時期です。

はるか昔、5月5日の端午の節句は、邪気払い・厄除けの日でした。

旧暦の5月は、今の6月。

6月といえば梅雨の時期にあたります。

梅雨時は病気になりやすい時期であり、厄払いが必要だと考えられていました。

また、雨期に入る前に、虫干しを兼ねて旗指物(はたさしもの)を飾るという風習がありました。

旗指物というのは、鎧の背に挿して、戦場で目印にした小旗のことです。

やがて、鎌倉時代になると武家社会が成立します。

武家社会では家の外に旗や幟(のぼり)、吹き流しを立てて厄除けとしていました。

これが後の鯉のぼりのルーツです。

武士にとって旗や幟も大切ですが、鎧や兜は身体を守る重要な道具です。

家の表の厄除けは旗や幟、吹き流し。

家の中には、家の外からくる災いを防ぐという意味で、鎧や兜、武具を飾っていました。

そういった厄除けの風習が、やがて、

『災いや病気から子どもを守ってくれる』

というものに変わっていきます。

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兜を飾るのが定着したのはいつ?

武家社会の風習は、町民の間にも広まっていきます。

江戸時代に入ると、江戸の庶民たちは武家社会の風習を真似て、厚紙などでミニチュアの兜や鎧などを飾っていました。

次第に、人々は鎧に思い思いの細工を施すようになります。

鎧飾りの頂(いただき)に、災いを防いでくれる神さまが降りてくる目印として、勇ましい人形の細工物を乗せたり、凝った模様を入れたりしたのです。

この人形細工がのちの五月人形のルーツと言われています。

神さまの依代(よりしろ)としての人形細工と、当時、庶民の間に広まっていた人形(ひとがた)信仰のふたつがあいまって、端午の節句は、庶民の間でも盛んに行われるようになり、定着していきました。

人形信仰というのは、人形を自分たちの代わりとして考えることです。

武家の行いを、江戸の庶民が真似をすることがなかったら、端午の節句に兜や鎧などを飾る風習はなかったかもですね。

こどもの日に兜を飾る意味は?

端午の節句(こどもの日)に兜を飾る意味には、

あらゆる災いから我が子を守る

という思いがこめられています。

戦国武将にとっての兜や鎧は、自分の身を守るための大切な道具でした。

兜といえば鎧とワンセットですね。

兜は大切な頭を守るためのもの

鎧は身体を守るためのものです。

このことから、兜や鎧は命を守る象徴と考えられ、端午の節句には

男の子を事故や病気、災害などから守ってくれますように

という願いを込めて、飾るようになりました。

現在では、兜や鎧の『身を守るもの=命を守るもの』という意味が重視され、交通事故や病気などの災いから守るために、こどもの日に飾られるようになったのです。

女の子の節句、桃の節句の3月3日に飾るお雛さまにも同じような意味があります。

お雛さまは女の子の幸せを願って飾るものですが、可愛い我が子の身代わり人形としての意味もあります。

子供の身代わりという意味合いから、基本的には男の子ひとりにつき、ひとつの兜(もしくは鎧)を用意するのが一般的です。

兜だけのお飾りの意味は?

勝って兜の緒を締めよ

ということわざがあります。

「成功しても気を緩めず、気を引き締めよ」

と言う意味です。

戦に勝って、兜を脱いだ時、敵が襲ってくるというたとえが由来していることわざですが、このように、兜は最も狙われやすい急所の頭を守るものとして重宝されてきました。

世界各国、古くから兜の形状のものはあり、ギリシャ神話の中でヘラクレスが戦いの際、毛皮を頭に被ったのが始まりだともいわれています。

我が国でも、古墳の中から、沢山の兜状のものが出土されています。

こどもの日のお飾りでは、兜だけが飾られることはあっても、鎧だけというのはありません。

鎧には必ず兜もセットです。

それだけ兜は防御の要として考えられているというわけです。

端午の節句こどもの日に兜を飾るのはなぜ?飾り物になった意味と由来 まとめ

端午の節句(こどもの日)に兜や鎧を飾ることは、日本の武家社会から生まれた風習です。

江戸時代に、神さまの依代(よりしろ)としての人形細工と、当時、庶民の間に広まっていた人形(ひとがた)信仰のふたつがあいまって、端午の節句は、庶民の間でも盛んに行われるようになり、定着していったと言われています。

兜や鎧は命を守る象徴と考えられ、端午の節句には

「男の子を事故や病気、災害などから守ってくれますように」

という願いを込めて飾ります。

兜は急所である大切な頭を守る重要な道具。

なので、防御の要として、単体で飾られます。

可愛い我が子が、無事に大きく、立派に育ちますように。

昔も今も、子を思う親の気持ちに変わりはありませんね。

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