栃木県日光市 輪王寺の強飯式とはどんな行事?由来や御利益もご紹介!

栃木県日光市にある日光山輪王寺の強飯式とはどんな行事?

どのような御利益があるの?

由来や起源は?

その疑問、解消します!

強飯式は具体的に何をするのか、

強飯式の成り立ち、

「そうめん地蔵」との関係、

参観のやり方も含めて、

わかりやすくお伝えします。

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栃木県日光市 輪王寺の強飯式とは?

日光の春の三大行事のひとつに、強飯式があります。

強飯式は、「ごうはんしき」と読みます。

読むのも聞くのも、

強飯式を知らない人にとっては

「は?」

となる言葉ですが、

強飯式は古くから伝わる伝統行事で、

毎年、4月2日に行われます。

強飯式が開催される栃木県の日光市にある日光山輪王寺(りんのうじ)には

毎年、大勢の参観者や観光客が訪れます。

強飯式とは?

強飯式は、全国でも日光山輪王寺だけに伝わる独特の儀式で、

奈良時代から続いている奇祭です。

テレビなどで紹介されるのを見たことがあるかもしれませんね。

高く盛った超山盛りのご飯を、

「残さず頂戴しろ!」

と責め立てられる行事で、

この責めている姿から、

別名『日光責め』とも呼ばれています。

強飯式を一言で言うと、修験道(しゅげんどう)の儀式

修験道というのは日本オリジナルの山岳信仰に、

仏教が取り入れられた日本独特の宗教です。

日本では古来から山は神様の住むところ、

または神様そのものと考えられました。

修験道を実践する人を修験者といいますが、

修験者は、この山の神様を信仰する考えをベースに、

御神体である「山」に籠もって、

厳しい修行や呪術的な儀式を行います。

そうすることで、悟りが得られ、

神仏が示す不可思議なご利益などが得られるとされてきたのです。

修験者のことを山伏(やまぶし)とも言います。

時代劇や大河ドラマなどで、

頭に頭巾(ときん)呼ばれる小さな帽子のような物をかぶり、

篠懸(すずかけ)という麻でできた衣を身にまとい、

手には錫杖(しゃくじょう)と呼ばれる金属製の杖を持って、

法螺(ほら)を吹いている特徴的な姿を見たことがありませんか?

あれが修験道の修験者、山伏です。

強飯式の由来は?

強飯式は、山岳修行の山伏が山中のご本尊に供えたお供物を

里の人々に分け与えたことが始まりと伝えられています。

ご本尊というのは、信仰の対象となる仏像や仏塔のことです。

奈良時代(710年~794年)の終わり頃、

日光山を開山した聖僧・勝道上人(しょうどうしょうにん)をはじめ、

多くの修行僧が山で修行を積んでいました。

彼ら僧たちが山を降りる時、

修行の場である山中の御本尊にお供えしたお供え物を持ち帰り、

ふもとの村や里の人々に分け与えたんですね。

強飯式は、江戸時代(1603年~1868年)には、今のような形式になったと考えられています。

強飯式のルーツはそうめん地蔵?

強飯式の起源は『そうめん地蔵』という昔ばなしだとも言われています。

氏家勝山城のお殿様に日光代参を頼まれた、

堂原にある満願寺のお坊さんに端を発するお話です。

このそうめん地蔵のお話を知ると、

ご飯を食べるように強要するのは

山伏の行いとそうめん地蔵が結びついたとも考えられますね。

なぜ強飯式というの?

強飯式でご飯を食べる人のことを『頂戴人』といいます。

頂戴人は御利益を得るためにご飯を食べる側の人。

強飯式の語源は、

この儀式の参加者である頂戴人が、

山伏から山盛りのご飯を食べることを強要されることが由来とされています。

名前の通り、ご飯を「強いる・強いられる」儀式というわけです。

強飯式では、山盛りのご飯が運ばれ、

頂戴人は

75杯残さず頂戴しろ

と責められます。

江戸時代には、徳川将軍家の名代や十万石以上の名だたる大名が、

「頂戴人は我が藩の名誉」

として、

競って強飯頂戴人に名を連ねたほどの人気の儀式だったとか。

というのも、この強飯式の頂戴人になると、

七難即滅(しちなんそくめつ)・七福即生(しちふくそくしょう)の現世利益疑いなし

と言われていたからです。

七難即滅・七福即生というのは、

「たくさんのいろんな災難はあっという間に無くなって、多くの幸せがすぐにやってくる」

という意味です。

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輪王寺の強飯式はどのように行われるの?御利益は?

日光山輪王寺の強飯式は、

  • 「三天合行供(さんてんごうぎょうく)・採灯大護摩供(さいとうだいごまく)」
  • 「強飯頂戴の儀(ごうはんちょうだいのぎ)」
  • 「縁起がらまき」

の三部構成で行われます。

1. 三天合行供・採灯大護摩供

儀式は、最初に式衆、次に大導師、山伏、強飯頂戴人が護摩堂に入堂するところから始まります。

入り終わると全ての扉が閉じられ、

照明も全て消され、堂内は真っ暗な中、1本のロウソクが灯るだけとなります。

雅楽の演奏の中、

三天合行供」の読経が始まり、

護摩を焚き上げ、「採灯大護摩供」の炎が燃え上がります。

火で護摩を焚き上げ祈ることで、災難を除き御利益をいただきます。

◇ 護摩供について詳しくはこちら。
護摩供と護摩供養の読み方と護摩木の書き方お願い事の祈願例

2. 強飯頂戴の儀

強飯式の一番の見所が「強飯頂戴の儀」です。

お神酒を頂き、祈祷文の儀が終わると、

修験者の姿をした強飯僧が、

強飯頂戴人に山盛りのご飯を差し出し、

三社権現(さんじゃごんげん)より賜る(たまわる)御供(おとも)」

七十五杯残さず頂戴しろ

と、責め立てます。

この時、ご飯を食べるように強いられても、

実際にご飯を食べることはしません。

その後、日光の名物の珍味を盛った菜膳が添えられます。

3. 縁起がらまき

強飯頂戴の儀の後、

頂戴人たちが儀式でいただいた福を参拝客にも分け与えます。

「宝槌(たからづち)」「福杓子(ふくしゃもじ)」といった玩具などの縁起物を、

舞台から境内にいる参拝客に向かって撒(ま)きます。

これを縁起がらまきといいます。

強飯式の御利益は?

強飯式に参加したり、御札をいただいたりすると、

『現世利益(げんぜりやく)』『無病息災(むびょうそくさい)』『家運長久(かうんちょうきゅう)』『商売繁盛(しょうばいはんじょう)』『厄除け(やくよけ)』

などの御利益があるとされています。

  • 現世利益:信仰した成果がでて欲望が達成すること
  • 無病息災:病気をしないこと、何事もなく達者なこと
  • 家運長久:お家の安泰、家系が長く続くこと
  • 商売繁盛:商いや仕事などがうまくいき、大きな利益を得ること
  • 厄除け:災難を防ぎ取り払うこと

強飯式に参加するには?

前述のように、江戸時代までは、頂戴人になれるのは将軍家の名代や10万石以上の大名と限られていましたが、

現在は誰でも申し込みができます。

ですが、頂戴人の数が限られていることから、

ある程度の社会的地位がある人が頂戴人になっているようです。

強飯式には誰でも参観できます。

受付は当日行なっており、

輪王寺で毎年4月2日の午前11時と午後2時の2回行われています。

強飯式の所要時間は約50分ほど。

祈祷料3,000円(2019年現在)を支払ってご祈祷(参観)すると、

シャモジの形をした御札の『福杓子祈祷札』と『福米』が授与されます。

お問い合わせ:日光山・輪王寺
栃木県日光市山内2300
TEL:0288-54-0531

栃木県日光市 輪王寺の強飯式とはどんな行事?由来や御利益もご紹介! まとめ

強飯式の読み方は「ごうはんしき」。

頂戴人が山盛りのご飯を

「残さず頂戴しろ!」

と責め立てられる行事です。

強飯式は、全国でも日光山輪王寺だけに伝わる独特の儀式。

奈良時代から続いている奇祭で、

別名『日光責め』とも呼ばれています。

強飯式の由来は、

山岳修行の山伏が山中のご本尊に供えたお供物を、

里の人々に分け与えたことが始まりと考えられています。

また、昔ばなしにある『そうめん地蔵』が起源になっているとも言われています。

強飯式には、

『現世利益(げんぜりやく)』『無病息災(むびょうそくさい)』『家運長久(かうんちょうきゅう)』『商売繁盛(しょうばいはんじょう)』『厄除け(やくよけ)』

などの御利益があるとされています。

ちなみに日光では、11月には生岡神社というところで子供向けの強飯式が開催されています。

こちらはお寺ではなく、神社です。
 
ご飯を食べるよう強要して御利益たっぷり、

というのは面白い行事です。

強飯式はまさに奇祭と呼ばれるのにふさわしいものですね。

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