三の酉がある年は火事が多いといわれるのはなぜ?4つの理由をご紹介!

三の酉がある年は火事が多いといわれるのはなぜ?4つの理由をご紹介!

三の酉のある年は火事が多いってホント?

なぜそう言われるの?

理由や歴史的な根拠はある?

ただの迷信?

その疑問、解消します!

「三の酉のある年」の『期間』の考え方、

代表的な4つの説、

実際に起きた2つの大火との関係も含めて、

わかりやすくお伝えします。

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三の酉のある年は火事が多いってホント?

秋も深まり、朝晩の冷え込みを感じる11月になると酉の市が開かれます。

酉の市が始まると、もうあたりは冬の気配。

酉の市は、主に鳥の名がつく寺社で行われるお祭りです。

酉の市は、鷲(おおとり)神社・大鳥(おおとり)神社・酉(とり)の寺などの、「とり」にゆかりのある寺社で行われている行事で、

毎年、主に11月の酉の日に商売繁盛や健康を祈願して行われるお祭りのことです。

大酉祭(おおとりまつり)」とか、

お酉さま」「お酉さん」とも呼ばれています。

「酉の祭(まち)」と呼ぶところもあります。

主に関東地方で行われますが、日本各地の鷲神社でも行われています。

「酉の日」は暦に十二支を当てはめたものなので、12日ごとに巡ってきます。

ということは、

月の第一週に酉の日が来ると、その月は3回酉の日が巡ってくることが多くなりますよね。

酉の市は11月の酉の日全てで開かれます。

11月の日数は30日。

なので、11月の初め、1日から6日の間に最初の酉の日があると、その年の酉の市(お酉さま)は3回開かれることになります。

酉の市は、

  • 1回めの酉の日を「一の酉」
  • 2回めの酉の日を「二の酉」
  • 3回目の酉の日を「三の酉」

といいます。

暦の上では三の酉がない年もあるわけですが、

三の酉まである年は火事が多い

とよく言われます。

江戸の頃から語り継がれているものですが、実際に、三の酉のときに火事が増えたという記録はありません。

ただ、

『火事が多いのが「三の酉」があるその年』

となると、酉の市の頃には2ヶ月もないままその年が終わっちゃいますよね。

新年の時点で、今年のお酉さまが2回あるとか3回あるとか意識する人は非常に少ないわけで、

たいがいは、酉の市が近づいてから、今年は三の酉まであるとかわかることがほとんどです。

そもそも酉の市というのは、これから来る新しい年の祈願をするお祭りです。

そのため、火事が多いと言われる「三の酉がある年」というのは、その「三の酉からの1年」で、

『三の酉からの一年間は火事が多い』

という考え方もあるようです。

東京消防庁のHPによると、

明治44年(1911年)4月9日に発生した吉原の大火にふれ、この年は三の酉ではなかったとあります。

以下、サイトから一部引用しますね。

余談になりますが、吉原の大火が発生したのは明治44(1911)年の4月9日でした。美華登楼から出た火は南の烈風にあおられ、吉原遊廓全体はもとより、山谷から南千住にかけて延焼し、10時間余にわたって燃え続け、6,550戸を焼失しました。もちろん、この年は丙午でも三の酉でもありませんでした。

ですが、前年の明治43年(1910年)の11月は、4日・16日・28日と「三の酉」までありました。

前年の『三の酉からの一年間は火事が多い』というのに当てはまりますね。

そうなると、

「三の酉のある年は火事が多い」

という言い伝えは、まんざら根拠がないものでもないようにも思えます。

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三の酉に火事が多いと言われるのはなぜ?理由は?

火事

三の酉のある年は火事が多いと言われていることには、諸説あります。

代表的な理由は以下の4つ。

1. 火の用心説

2. 酉(鶏)の知らせ説

3. 吉原に行かないように説

4. 明暦の大火説

それぞれご紹介しますね。

1. 火の用心説

これはもうすごくシンプルな話で、

火の用心!

という戒めの言葉だという説です。

三の酉の頃には冷え込みも厳しくなり、乾燥もしてくるので火事が起きやすい時期。

注意喚起として、三の酉は特に気をつけるようにと伝わったというものです。

確かに歴史的にも江戸は火事で惨事になることがとても多かったので、戒めの意味で「三の酉のある年は火事が多い」となったのも頷けます。

ただの迷信というよりも、現代にも通じる戒めの言葉ですね。

2. 酉(鶏)の知らせ説

「天変地異を知らせる動物といわれる酉(鶏)が三回も登場するから」

「宵に鳴かないはずの鶏が鳴くと火事が出る」

など、酉(鶏)がらみの説がいくつかあります。

鶏は神の使いであるとされている地域もあり、そのあたりから天の知らせとして火事とつながったようです。

3. 吉原に行かないように説

もともと酉の市は、大鷲神社のお祭りでしたが、社前で博打を打つ人が多くなり、お上からの規制が厳しくなりました。

その頃、新しい吉原が浅草寺の近くにできて、酉の市は浅草で賑わいをみせます。

商いを営む店の主人や男たちが、酉の市にかこつけて、吉原通いをするため、

店を守る番頭や夫のふるまいを許せない女房が、

三の酉がある年は吉原は火事になるから行かない方がいい

脅し文句でやんわり吉原通いを止めたのが噂になり、広まったという説です。

酉の市に行ってくる、といいながら吉原に遊びに行く殿方がいかにたくさんいたことか、という話でもありますね(笑)

4. 明暦の大火説

明暦3年1月18日に起きた「明暦の大火(めいれきのたいか)」が原因という説です。

明暦の大火は、出火の状況から振袖火事(ふりそでかじ)、火元の地名から丸山火事(まるやまかじ)とも呼ばれる江戸時代における最大の大火。

明暦3年旧暦1月18日から20日(1657年3月2日~4日)までに江戸の大半を焼いた大火災で、戦災・震災などを除くと日本史上最大の火災と言われています。

ただ、この年は11月10日と22日が酉の日で、「二の酉」しかなかった年。

前年の明暦2年の11月は5日・17日・29日の「三の酉」までありました。

前述の吉原の大火も、明暦の大火も、その年ということでは、

「三の酉のある年は火事が多い」

にはあまりあてはまらないようですが、

『三の酉から一年間』

という考え方でいくとあてはまりますね。

三の酉がある年は火事が多いといわれるのはなぜ?4つの理由をご紹介! まとめ

酉の市は主に鳥の名がつく寺社で、毎年、主に11月の酉の日に商売繁盛と健康を祈願して行われるお祭りのことです。

酉の市は11月の酉の日全てで開かれ、

  • 1回めの酉の日を「一の酉」
  • 2回めの酉の日を「二の酉」
  • 3回目の酉の日を「三の酉」

といいます。

「三の酉まである年は火事が多い」

といわれるのには諸説あります。

代表的な理由とされているのは以下の4つ。

1. 火の用心説

2. 酉(鶏)の知らせ説

3. 吉原に行かないように説

4. 明暦の大火説
 

「三の酉まである年」には、

  • 『火事が多いのが「三の酉」があるその年』
  • 『三の酉からの一年間に火事が多い』

という2つの考え方があります。

いずれにしても、お酉さまの頃は年の瀬ムードが漂う頃。

気を引き締めるためにも、

「三の酉まである年は火事が多い」

を頭に入れて、新しい年を迎える準備を心がけたいですね。

◇ 酉の市について詳しくはこちらをどうぞ。
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